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福岡高等裁判所 昭和41年(ラ)27号 決定

抗告人 藤村憲重

訴訟代理人 豊沢秀行

被抗告人 石山ハツ

主文

原決定を取り消す。

長崎地方裁判所平戸支部が同庁昭和三九年(ケ)第一四号宅地建物競売申立事件について昭和三九年一一月六日にした競売手続開始決定を取り消す。

本件競売申立を却下する。

本件異議申立費用および抗告費用は被抗告人の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨および理由は別紙記載のとおりである。

抗告理由第一点について。

所論は、要するに、本件競売手続開始決定の基本である本件抵当権の設定登記は田栗ナカの印鑑を保管していた元吉善一が本件競売申立人と共に右印鑑を冒用してその手続をしたもので無効であるというにある。

しかし、右所論についてはこれに対する原決定の判断(原決定一一枚目表八行目の証人田栗ナカ以下同一二枚目表三行目までの記載)と同一の理由により、これを採用することはできないからこれをここに引用する。

抗告理由第二点について。

所論は、要するに、本件抵当権は被抗告人(本件競売申立人)ら六名の者が同人ら以外の債権者らからの執行を防止するために設定したのであるからその目的を越え被抗告人が独り抵当権の実行をなすことは権利の濫用であるというにある。

よつて、案ずるに、本件不動産の登記簿謄本、当審での抗告人に対する審尋の結果により真正に成立したものと認められる甲第六号証(松永市之助作成にかかる田栗の家、屋敷売却についてと題する書面)、原審証人田栗泰馬、同田栗ナカ、同大浦英一郎、同田栗進、同小川キク、同松永ケイ、同元吉善一および抗告人本人に対する各尋問調書(但し証人元吉善一の尋問調書はその一部)、当審での抗告人に対する審尋の結果を総合すると次の事実が認められる。

すなわち、田栗泰馬は商売に失敗し、多数の債権者らに多額の債務を負担するに至つたので、自己の動産一切および養母ナカの承諾を受けた上同女所有の本件不動産を債権者らのために投げ出すことにし、昭和三七年八月七日頃の夜債権者である大浦英一郎、元吉善一、松永市之助、小川キク、松永ケイおよび被抗告人以上六名宛に右財産を以て債権者らに対する支払に充てて貰いたい旨記した書置を残し、これに本件不動産の権利証、ナカ名義の委任状および印鑑等を添えて家出した。そこで右六名の者は協議の結果他の債権者からの強制執行を防ぐため右委任状、印鑑等を使用し、被抗告人の田栗泰馬に対する貸金一一万円およびこれに対する利息の債権担保のため同年八月二二日本件不動産に適法に抵当権設定登記を受けた。その後大浦、松永市之助、被抗告人らは、本件不動産について被抗告人の抵当権が設定されていることを黙秘したまま、田栗泰馬に対する債権の回収策として抗告人に執拗に本件不動産の買受方を勧めた結果昭和四〇年四月三〇日ナカの代理人である右三名が抗告人との間に本件不動産を代金一二〇万円で売り渡し、代金支払時期について内金一〇万円を同年五月三日、残代金一一〇万円を昭和四一年一二月末日まで所有権移転登記と引換えに支払う旨定めた売買契約を締結し、右約定どおりナカの代理人の一人である大浦において内金一〇万円の支払を受けた。ところが、被抗告人は抗告人に残代金の履行期到来前にその支払を迫り、残代金を準備中であつた抗告人が履行期未到来を理由にこれを拒否したところ突如独断で本件競売の申立に及んだことが認められる。右認定に副わない原審証人元吉善一および被抗告人に対する各尋問調書、当審での被抗告人に対する審尋の結果はいずれも措信できない。他に右認定を覆す証拠はない。

以上の認定の事情のもとでは、被抗告人は一方において田栗泰馬に対する債権の回収策として本件不動産に抵当権を設定させておりながら、他方において同じく田栗泰馬に対する債権の回収策として、右抵当権設定のことを黙秘しつつ、自ら本件不動産の所有者田栗ナカの代理人となり、抗告人との間に本件不動産の売買契約を締結し、しかも右売買契約の存在を無視して右抵当権にもとづき本件競売の申立をすることは、本件不動産の買主としての抗告人の期待を裏切るものであつて、著しく信義に反し権利の濫用であるといわざるを得ない。

よつて、これと異なる判断による原決定および本件競売手続開始決定を取り消し、本件競売申立を却下することにし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 関根小郷 裁判官 原田一隆 裁判官 高石博良)

(別紙)

抗告の趣旨

原決定を取消す。

長崎地方裁判所平戸支部が昭和三九年一一月六日為した同庁昭和三九年(ケ)第一四号不動産競売開始決定は之を許さない。

申立費用及び抗告費用は相手方の負担とする。

との御裁判を求める。

抗告の理由

第一本件競売開始決定はその基礎たる抵当権設定行為自体が無効であるから、許さるべきではない。

(一) 原審は理由「第三、第四について」のなかに『田栗ナカは債権者達に公平に本件不動産の処分方を委任したので、その委任された各債権者は協議の結果、田栗ナカ及び田栗泰馬の代理人として田栗進を定め、一先ず抵当権を設定することに一決して抵当権を石山ハツに設定した云々』とある。

(二) 然しながら、右理由中の公平な各債権者えの分配のための処分のため、何故に石山ハツヘ抵当権設定をする理由があるのか殊に、田栗ナカは単に田栗泰馬の養母であるに過ぎず、債務者ではないのであるから、その根拠が、-一先ず-という判示は何を意味するか不明である。

つまり、原審のこの点に対する判断は独断的偏向を示すもので、証人田栗進の証言中にある如く、田栗ナカの実印は当時元吉善一が保管中なるを奇貨とし、元吉善一、石山ハツ両名が、自己の田栗泰馬に対する債権のみにつき、壇に十一万、十四万二千八百円(石山ハツ)、四十九万七千円(元吉善一)の各抵当権を設定したものである。

そのため、当時生月不在(夜逃げのため)の田栗ナカの署名押印ある確認通知書(甲第二号証)が即日生月出張所へ送付され、その受付番号も異なる等、凡そ、厳格なる登記事務に考えられぬ不当不正が早速になされたことは、この事実を物語るものである。

甲第九号証の一、二もこの間の事情明白である。

第二仮に百歩譲り、抵当権設定が、大浦英一郎、元吉善一、松永市之助、相手方石山ハツ、外二名等の合意によるとしても、本件抵当権設定は他の個々の債権者からの執行防止の目的のためのものにすぎず、その限度に於てのみ有効であり、その限度を越えてなされた本件競売申立は無効違法のものとして却下さるべきである。

(一) 原審は理由の最後として、抗告人の前記主張に対し『親和銀行の田栗ナカに対する抵当権実行阻止のため、その一部を大浦、元吉、石山三名が農協から借金し、石山ハツ名義に抵当権を設定したが、その後債権者間の仲間割れのため、整理不能となり抵当権実行に及んだので右は抵当権設定行為が有効である以上、その抵当権の実行に入るのも抵当権者の権利に属するので理由がない云々』とある。

(二) 然しながら、親和銀行の設定抵当権は、本件競売申立抵当権と全く別個のものであり、生月出張所昭和三九年一一月二日受付第四三〇号原因昭和三七年八月二七日確定債権代位弁済、弁済額金四三万円、根抵当権者石山ハツ、とある一三番付記登記がそれである。

原審は、親和銀行の田栗ナカに対する抵当権付債権を代位弁済したその代位債権のため、本件抵当権の設定を大浦、石山、元吉等が認めたと誤解したものの如く、この点、甚だ審理不尽の違法あり。

(三) 仮に右の点、誤解なく、別異の抵当権と解するものとすれば抗告人の主張に何等の判断を加えず、抵当権あればすべて正当であるとのドグマを述べたにすぎぬ違法がある。

前述第一の(二)に記載する如く、原審も田栗ナカが田栗泰馬の総債権者えの公平な配分のため、一先づ石山ハツ等え抵当権設定を認めた理屈になるとすれば、既に、石山ハツの右田栗泰馬に対する債権は、田栗泰馬の総債権を代表する筈である。

されば、その抵当権の実行は、前記受任債権者六名の合意あるか、又は田栗ナカ、泰馬の承諾を要することは、右抵当権設定の趣旨から当然の事理である。即ち、前記受任債権者六名が許した範囲内に於て、-他債権者からの執行防止という-のみ本件抵当権は有効でないものである。

この点の判断を怠り、又誤つた原審決定は取消さるべきである。

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